セス・ロゴヴォイ著『Bob Dylan: Prophet, Mystic, Poet』』書評 ボブ・ディラン:メシアか縄抜け名人か? by ロン・ローゼンバウム  ダニエル・マット*という名の若い大学院生は、1978年にインドを旅した際に、エルサレムのヘブライ大学でユダヤ神秘思想*を研究しているゲルショム・ショーレム*教授(当時80歳)に手紙をしたためた。この手紙には自分の体験や、ユダヤ神秘思想の中心的な文書『ゾハールの書』*を翻訳したいという野心的計画、そして何よりも、ボブ・ディランについて書いてあった。彼はショーレムにボブを気に入ってもらいたかったのだ。  『Bob Dylan Approximately』も送ります。意識的にであれ無意識的にであれ、ディランがカバラ*的な根源に近づいていると、この本の著者は考えています。この見解は筋が完璧に通っているというわけではありませんが…それでもなお、この本はいろいろな意見のコラージュとしては興味深いもので、ロバート・ジママン(ディランの本名です)に関するヒッピー的なパースペクティヴを先生に与えてくれるしょう。  それで、ショーレムからの返事はこうだった:  東洋の国への旅の様子や、現地での友人やグルとの体験を詳しく書いてくれたあなたの手紙を、大変興味深く読みました。ロバート・ジママン、通称ボブ・ディランとは何者なのですか? 今の人ですか? 昔の人ですか?…ユダヤ系なのですか? ジママンという苗字だと、ユダヤ系とそうでない人が半々ですよね。…私は音楽に関しては感受性が皆無なので、まずは『ブロンド・オン・ブロンド』や、もっと興味をそそる『欲望』を聞いて楽しむことにしましょう。『ハイウェイ61』とかいうタイトルからは聞きたいという欲望が起きません。この良さが分かるには、私は歳を取り過ぎてしまっているのかもしれません。  「ロバート・ジママン、通称ボブ・ディランとは何者なのですか? 今の人ですか? 昔の人ですか?…ユダヤ系なのですか?」というのは難しい質問だ! ボブ・ディランつまりジママンという人間と、ユダヤ人及びユダヤ教との間には、キャリアの初めの頃以来殆ど常に、奇妙で、強力な、不和の、そしてしばしばミステリアスな関係がある。一部のユダヤ人(とキリスト教徒)にとっては、ディランは殆ど救世主(メシア)のような人物となっている。セス・ロゴヴォイは新著『Bob Dylan: Prophet, Mystic, Poet』の中で、ボブ・ディランをイザヤ*やエレミヤ*と同列の預言者*的存在として描いている。  私はいわゆる「ボブ・ディラン信者*」のカルト的献身をわざと大袈裟に語っているのではない。麦と籾殻を区別することの出来る優れた注釈者はたくさん存在するが、籾殻など存在しないという人もいる。後者のような人々にとっては、全ての歌詞のあらゆる言葉、あらゆる1節が、実際にはそれがどんなに取りに足らないものであろうが単なる思いつきであろうが、暗号化された詩という炎の中において不可侵の権威を持って語られる火に燃えるしば*なのだ。  ボブ・ディランは、彼をプロテスト・ソングという形でメシア信仰の(マルクス主義*的とは言わないまでも)社会的福音を非ユダヤ人にも伝えることが出来る者と見ているユダヤの俗衆にとっては、選ばれた人間なのだ。一部の者は改名したことに不満を抱いているが、現実的には「ジママン」という名前では彼が作り上げたウディ・ガスリー的なペルソナには合わなかったであろう。ディランの思惑通り、ウディ・ガスリー役は大成功だった。ミネソタ州ヒビングからやって来たこの中産階級のユダヤ人少年が、オクラホマ州出身のホーボーみたいな者として通用してしまうほど、ウディ役はうまくいったのだ。もちろん、これには才能もからんでいる。ディランの「ウディに捧げる歌」は、彼に卓越した美を呼び起こす能力がある最初の印であり、グリニッジ・ヴィレッジにいる他の偽ウディ全員との違いを如実に表したものだった。  ただし、ウディ役に飽きたディランにエレクトリックなロックンロールが引火し、それが裏切りという批判と「ジューダス!」という野次に至るまでは、だが。「ジューダス!」というあの有名な叫びは、1966年のロイヤル・アルバート・ホール公演(現在では『LIVE 1966』として発売されている。ディランのライヴ盤の最高峰とも言われている)のエレクトリック・セットの最中に聞こえてきたものだということを考えると、この野次はボブが自分自身のイエスに対してジューダス(ユダ)になっていることを非難したものだった。  ディランはエレクトリックなロックンロールを演奏させても素晴らしく、その頃は皮肉とニヒリズム、サイケデリア、不条理なブラック・ユーモアの錬金術によって、無意識のうちに優れた曲を書き、きらめきと繊細さのある『追憶のハイウェイ61』、「細い野性的な水銀」(ボブ本人がかつてこう表現した)のようなサウンドの『ブロンド・オン・ブロンド』を発表した時期だった。 私は今でも、ディランのこの頃が、傑作『地の轍』で最高潮に達する大クライマックスの瞬間だったと思っている。特に先に挙げた2作品においては、ディランをユダヤ人の世俗的な文化/歴史的コンテクストの中に置くことが可能なのだ。つまり、ホロコースト*という不条理な恐怖に端を発するユダヤ的な「ブラック・ユーモア」において、ディランはレニー・ブルース*やジョセフ・ヘラー*、ノーマン・メイラー*、フィリップ・ロス*らと肩を並べる存在だと言える。  しかし、マットがショーレムに書いたように、ユダヤ人の中にはこれまでずっと、ディランをもっと伝統的なユダヤ教信仰の持ち主であると主張したい者もあり、ロゴヴォイは一番最近のそういう人である。ディラノロジーというブドウ畑*で労働に従事している者達は(私もまたディランについて自分なりに研究しているのだが)、ロゴヴォイのおかげで、ディランの言葉や詩句、比喩の多くに関して、その源を自信を持って聖書までたどることが出来るようになった。ロゴヴォイの作業がなかったら我々はそれらに気がつかなかったであろう、と言っても差し支えない。しかし、だからといって、ディランが常にユダヤ人アーティストとして振る舞っているのだと、我々は考えていいのだろうか?  ディランの最も重要な部分は彼のユダヤ性であるということを、ロゴヴォイは理路整然と説明しようとしている。ディランがキリスト教に改宗した時でさえ、ディラン及び彼の歌は極めてユダヤ的であると、ロゴヴォイは力説している。1970年代末と1980年代前半のクリスチャン期が過ぎた後、ディランがハバッド・ルバヴィッチャー*のテレビ・チャリティーに出演したり、アメリカ中のハバッドの礼拝にプライベートで参加したりした時には、ディランは遂に、メシア信仰の強いハシド派*に帰るべき家を見出したようだった。  しかし、ロゴヴォイにとって不運なことに、ディランが本質的にユダヤ色の強いアーティストであることを主張する本書が出版される直前に、ディランが何をやってももはや動じなくなった私のような人間でさえショックに感じるようなことを、ディランのレコード会社は発表した。ロゴヴォイの言うユダヤの「預言者、神秘家、詩人」が、『クリスマス・イン・ザ・ハート』というクリスマス・ソングの古典を集めたクリスマス・アルバムをリリースするというのだ。  確かに、多くのクリスマス・ソングがユダヤ人によって書かれているということは周知の事実ではあるのだが(つい最近も、ギャリソン・ケイラー*が我々に思い出させてくれた)、その殆どは宗教色の薄い「ホワイト・クリスマス」のような類いの曲である。しかし、今回のアルバムでディランは「神の御子は今宵しも」(O Come All Ye Faithful)のようなキリスト教の礼拝用の曲も歌っているのだ。  ロゴヴォイの本とクリスマス・アルバムには何らかの関係があるのだろうか? ロゴヴォイがディランの発したあらゆる言葉を聖書やタルムード、カバラに結び付けることにあまりに熱心なので、ディランは自分が画一的な信仰に永遠に縛りつけられる寸前だと、あるレベルで感じ取ったのかもしれない。これは伝記的見解というよりも比喩的憶測である。『クリスマス・イン・ザ・ハート』から制作された「マスト・ビー・サンタ」のビデオ(今回のアルバムに関連した作品の中では、今のところこれが最高)を見ると、ディランのような人物がクリスマス・パーティーから必死に抜け出そうとし、遂には会場のガラスを突き破って逃げていく。  これこそディランである。彼は説教をたれる人間というよりも縄抜け名人なのだ。「説教する途端に、自分が自分の敵になる」と我々に語ったのはディラン本人ではなかったか。しかし、ロゴヴォイの引用元調査は非常に徹底的で、その才には頭が下がる思いである。我々が思いつく殆ど全てのディランの歌詞を、聖書的ソースまではっきりとさかのぼっているからだ。私が特に感銘を受けたのは、ダヴィデ*の物語を指す隠喩をロゴヴォイが大量に発見していることである。一方、本書ではディランは、良い表現に出会ったら、どんな文脈からでもイメージや比喩をかっさらって行く「収集魔」としても描かれているのだ。よって、ロゴヴォイの目には篤い信仰心(piety)と映っているものは「収集癖」(mag-piety)なのかもしれない。また、ロゴヴォイの調査に異議を申し立てにくくしているのは、ディランのユダヤ人としての生い立ちの様子を深く掘り下げている点である。ジママン一族が「ヒビングのユダヤ系住民の生活」の中心的な存在であり、若きロバートのバル・ミツヴァー*が地元のホテルで出席者数の新記録を作ったことを、ロゴヴォイは紹介している。  ディランが神に心を奪われてきたことは、周知のことである。ロゴヴォイの本にはディランのインタビューの抜粋がある(1970年代末のもので、偶然にも、私がディランをインタビューしたものが引用されていた*)。ディランは謎めいた無表情のまま、現代世界の病理について語っていたが、タイム誌の表紙に「神は死んだか?」という問いかけの言葉があるのを見たことを、突然語り出した。  「そうする責任があるとあなたは感じているのですか?」とディランは私に諮問した。「責任」という言葉が強調されていたので、ディランが腹を立てているのか冗談を言ってるのかのどちらか、もしくはその両方であるように私には聞こえた。それから、ディランはこう言った。「神はそれをどう考えているのでしょう? つまり、もしあなたが神だとしたら、自分のことをあれこれ書かれているのを見て、気に入るだろうか、ということです。」ディランが神の苦しみを感じようとして、彼の最重要な問いかけ「どう感じる?(How does it feel?)」を神に対して行なっているのはおかしかった。  この本が最も無理をしているのは、ディランのキリスト教時代に関するロゴヴォイなりの合理化だろう。クリスマスからキリストを取り除いて話せるだろうか? ロゴヴォイの言う「ディランがキリスト教の信仰を最もストレートに表明したもの」であるアルバム『スロー・トレイン・カミング』では、ディランはこう歌っている。公式ウェブページに掲載されている「ホエン・ユー・ゴナ・ウェイク・アップ」の歌詞では、ディランは「十字架の上に男がいる。磔刑にされているのだ。/なぜ、誰のためにあの男が死んだのか、あなたがたは知っているのか?」と歌っている。  「しかし」とロゴヴォイは語る。抜け穴を発見したかのように。「実際のレコーディングではディランはこう歌っている。“十字架の上に男がいる。あなたがたのために磔刑になっているのだ。あの男の力を信ぜよ。そうするだけでいい。”と。」どちらのバージョンも、磔刑が救済への道であることを極めてストレートに表明している。しかし、ちょっと待ってくれ! ディランが珍しく(目立ってないだけかもしれないが)教条主義的になっている部分を、ロゴヴォイは次のように曖昧化しているのだ。「この1節は曲の最後に添えられているだけのようだ。それよりも前の部分には、信仰のかような表明に向けてリスナーの耳を慣らさせておくような歌詞はない。論理的な(もしくは非論理的な)結論としてこのような言葉に至るケースはまったくない。このフレーズは、曲の中では殆どつじつまが合っていない。」  ロゴヴォイが必死なのは分かる。しかし、リスナーの耳を慣れさせるようなものは何もないとか、このフレーズはつじつまが合わないとかいうのは、全く当たっていない。これはロゴヴォイが甘受することの出来ないクライマックスのようなものである。ロゴヴォイはディランに対して、惑わされた結果であろうがなかろうが、なりたい人間になる権利を認めない。というのも、それはロゴヴォイの厳正極まりないテーゼに異議を唱えるものだからだ。この透けて見えている詭弁(「こじつけ」は、人によっては「意気揚々とした結論」にもなりうる)によって、ロゴヴォイはディランの魂の探求に立ち向かうことを回避してしまっている。  しかし、それでもなお、本書には何か大切なものがある。今や『ゾハールの書』の翻訳者として有名なダニエル・マットがEメールで私にこう語っていた:  私がディランを崇拝するようになって、もう長年になります。時々、彼のことをババ・ディラン(Baba Di-lan)と言ったりもします。これはアラム語で、真実や英知への「私達の入り口」を意味します。なぜだかは分かりませんが、私はずっと、ディランには、実際にそうであろうがなかろうが、心底ユダヤ人であってほしいと思っていました。彼はものごとの厳しい現実を見ます。彼の預言的なヴィジョンはあらゆるものの核心を突いています。そして、詩的天分が、ディランにそれを皆と共有する力を与えているのではないでしょうか。 ロン・ローゼンバウム スレイトのコラムニスト 著書に『Explaining Hitler and The Shakespeare Wars』等がある。 イェール大学出版局からボブ・ディランに関する書籍を出版予定 http://www.jewishreviewofbooks.com/publications/detail/bob-dylan-messiah-or-escape-artist